Introduction

“大豆”と“水”と“にがり”だけでコツコツ作られる豆腐のように、淡々とした日々の生活にこそ人々のしあわせがある。この映画『高野豆腐店の春』は、尾道を舞台に、愚直で職人気質の父・高野辰雄(藤竜也)と、明るく気立てのいい娘・春(麻生久美子)の人生を描いた、父と娘の物語。

主演は、名優・藤竜也。81歳を迎える2023年はデビュー60周年でもあり、三原光尋監督とは三度目のタッグとなる。『村の写真集』('05)では頑固一徹な写真屋を、『しあわせのかおり』('08)では年老いた中国出身の名料理人を演じる。今回、三原監督のシナリオに惚れ込んだ藤は出演を熱望し、藤竜也×三原監督の職人三部作の完結作ともいえる作品となる。

春役は、麻生久美子。『カンゾー先生』(’98)、『夕凪の街 桜の国』(’07)などで、日本映画の代表的女優となった麻生久美子が好演。藤竜也とは実に26年ぶりの共演となる。また、辰雄と偶然の出会いを経て心を通わせる婦人・ふみえ役に『終の信託』(‘12)、『舞妓はレディ』(‘14)などで印象的な女性を演じたベテラン・中村久美。

さらに辰雄の気の知れた仲間たちに徳井優・菅原大吉・山田雅人・竹内都子など、個性豊かなベテラン勢が顔を揃える。 親と娘のそれぞれの新たな出会いが、尾道の春風とともに、胸いっぱいのやさしさと、あたたかい涙を運んでくる。

Story

尾道の風情ある下町。その一角に店を構える高野豆腐店。父の辰雄(藤竜也)と娘の春(麻生久美子)は、毎日、陽が昇る前に工場に入り、こだわりの大豆からおいしい豆腐を二人三脚で作っている。

ある日、もともと患っている心臓の具合が良くないことを医師に告げられた辰雄は、出戻りの一人娘・春のことを心配して、昔ながらの仲間たち──理髪店の繁(徳井優)、定食屋の一歩(菅原大吉)、タクシー運転手の健介(山田雅人)、英語講師の寛太(日向丈)に協力してもらい、春の再婚相手を探すため、本人には内緒でお見合い作戦を企てる。辰雄たちが選んだイタリアンシェフ(小林且弥)と食事をすることになり、作戦は成功したようにみえたが、実は、春には交際している人がすでにいた。相手は、高野豆腐店の納品先、駅ナカのスーパーで働く道夫(桂やまと)だった。納得のいかない辰雄は春と口論になり、春は家を出ていってしまう。

そんななか、とある偶然が重なり言葉をかわすようになった、スーパーの清掃員として働くふみえ(中村久美)が、高野豆腐店を訪ねてくる。豆腐を作る日々のなか訪れた、父と娘それぞれにとっての新しい出会いの先にあるものは──。

CAST

藤⻯也
Profile »
高野豆腐店の店主
高野辰雄
麻生久美子
Profile »
辰雄の娘で豆腐店の看板娘
高野 春
中村久美
Profile »
辰雄と親しくなる婦人
中野ふみえ
Profile »
徳井 優
辰雄の悪友で
理髪店店主
金森 繁
Profile »
菅原大吉
辰雄の悪友で
定食屋の主人
鈴木一歩
Profile »
山田雅人
辰雄の悪友で
タクシー運転手
横山健介
Profile »
日向 丈
辰雄の悪友で
英語学校の講師
山田寛太
Profile »
竹内都子
理髪店店主・繁の妻
金森早苗
Profile »
桂やまと
駅ナカのちんちくりん
西田道夫
Profile »
黒河内りく
演劇部の高校生
・演出家の卵
田代奈緒
Profile »
小林且弥
イタリアンのシェフ
村上ショーン務
Profile »
赤間麻里子
中野ふみえの姪
坂下美野里
Profile »
宮坂ひろし
ふみえの姪
・坂下美野里の夫
坂下豪志
藤⻯也 (高野辰雄役)
高野豆腐店の店主
1941年生まれ。中国・北京で生まれ、神奈川県横浜市で育ち、以来、横浜に在住。日本大学芸術学部在学中にスカウトされて、日活に入社。『望郷の海』(62)でスクリーンデビューを果たす。その後、渡哲也主演の『嵐を呼ぶ男』(監督・舛田利雄/66)で弟役を演じて存在感を示し、「日活ニューアクション」の中でも異彩を放つ「野良猫ロック」シリーズ(監督・長谷部安春、藤田敏八/70〜71)ではメインキャストとして活躍した。大島渚監督『愛のコリーダ』(76)、『愛の亡霊』(78)では海外でもセンセーショナルな話題と共に高い評価を得た。近年は『龍三と七人に子分たち』(監督・北野武/2015)、『初恋 お父さん、チビがいなくなりました』(監督・小林聖太郎/19)、『コンプリシティ/優しい共犯』(監督・近浦啓/20)、『それいけ!ゲートボールさくら組』(監督・野田孝則/23)などの映画に出演。また「時間ですよ」(TBS/73)、「悪魔のようなあいつ」(TBS/76)、「ミセスとぼくとセニョール」(毎日放送/80)、NHK朝の連続テレビ小説「おかえりモネ」(2021)などのテレビドラマでも活躍。三原光尋監督作品『村の写真集』(2005)では第8回上海国際映画祭・最優秀主演男優賞受賞。その後、『しあわせのかおり』(08)に出演し、最新作『高野豆腐店の春』(23)では三原監督とは3本目のタッグを組み、円熟味のある演技で豆腐屋の店主を演じた。
麻生久美子 (高野 春役)
辰雄の娘で豆腐店の看板娘
1978年生まれ。今村昌平監督作品『カンゾー先生』(98)でヒロインに抜擢され一躍注目を集める。同作で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞など多数受賞。以降も映画『回路』(監督・黒沢清/2001)、『夕凪の街 桜の国』(監督・佐々部清/07)、『ハーフェズ ペルシャの詩』(監督・アボルファズル・ジャリリ/08)、『モテキ』(監督・大根仁/11)、ドラマ「時効警察」シリーズ(テレビ朝日/06〜)、「オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ」(NHK/21〜22)など、多数の映画やドラマなどに出演。本作では父親思いの頑固で一途な娘役を演じた。
中村久美 (中野ふみえ役)
辰雄と親しくなる婦人
1961年生まれ。79年にNHK大河ドラマ「草燃える」でデビュー。翌年、NHKドラマ「夢千代日記」で足の不自由な芸者を演じ、存在感のある演技が評判となる。映画デビューは『蜜月』(監督・橋浦方人/84)。以降、『終の信託』(監督・周防正行/2012)、『舞妓はレディ』(監督・周防正行/14)、『ダンスウィズミー』(監督・矢口史靖/19)、『猫は逃げた』(監督・今泉力哉/22)などに出演。映画、テレビ、舞台と幅広く活躍する。本作では病気になりながらも明るく気丈な婦人役を演じた。
徳井 優 (金森 繁役)
辰雄の悪友で理髪店店主
1959年生まれ。東映京都俳優養成所で演技を学び、79年『日本の黒幕』(監督・降旗康男)でデビュー。89年にサカイ引越センターのCMに出演し世間の注目を浴びる。映画『ガキ帝国』(監督・井筒和幸/81)、『MISHIMA』(監督・ポール・シュレイダー/85)、『Shall weダンス?』(監督・周防正行/96)、『あなたの番です 劇場版』(監督・佐久間紀佳/21)、『ハケンアニメ!』(監督・吉野耕平/22)、『世の中にたえて桜のなかりせば』(監督・三宅伸行/22)など多数の作品に出演する。
菅原大吉 (鈴木一歩役)
辰雄の悪友で定食屋の主人
1960年生まれ。劇作家・水谷龍二の「ある晴れた自衛隊」シリーズ(94〜99)や「星屑の街」(94〜2008)シリーズなどの舞台全作品に出演。近作に映画『Ribbon』(のん監督/22)、「SEE HEAR LOVE~見えなくても聞こえなくても愛してる~」(イ・ジェハン監督/Netflix)、現在放映中の「らんまん」(NHK)や7月から始まる「シッコウ!!~犬と私と執行官~」(テレビ朝日)、9月7日より上演の夫婦印プロデュース「満月~平成親馬鹿物語(改訂版)」などがある。
山田雅人 (横山健介役)
辰雄の悪友でタクシー運転手
1961年生まれ。22歳でスカウトされタレントとしてテレビのリポーターや漫談家として数多くのテレビやラジオに出演。一人語りの舞台「かたりの世界」を定期的に開催。NHK 総局長賞、NHKセンター長賞を受賞。ドラマ「ぽっかぽか」(TBS/94)、「渡る世間は鬼ばかり」(TBS/90〜)などに出演。映画出演は『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(監督・山田洋次/1994)、『しあわせのかおり』(監督・三原光尋/08)などがある。
日向 丈 (山田寛太役)
辰雄の悪友で英語学校の講師
映画『パッチギ!』(監督・井筒和幸/2004)、『佐々木、イン、マイマイン』(監督・内山拓也/20)、『なぎさ』 (監督・古川原壮志/23)など、ドラマ「ぺルソナの微笑」(テレビ東京/23)、「スタンドUPスタート」(フジテレビ/23)、「好感度上昇サプリ」(テレビ東京/23)など多数出演。6/30公開、映画『オレンジ・ランプ』(監督・三原光尋) など公開待機作多数。
竹内都子 (金森早苗役)
理髪店店主・繁の妻
1962年生まれ。84年に劇団七曜日入団後、86年にお笑いコンビ〈ピンクの電話〉を結成。タレントとして注目を集め、テレビのリポーターやバラエティと多方面で活躍する。2005年からはアニメ「ドラえもん」(テレビ朝日)では声優としてジャイアンの母親を担当。映画は『ハラがコレなんで』(監督・石井裕也/11)、『団地』(監督・阪本順治/16)、『半世界』(監督・阪本順治/18)などに出演。現在は数多くの舞台で活躍。
桂やまと(西田道夫役)
駅ナカのちんちくりん
1974年東京生まれ。99年に中央大学卒業とともに桂才賀に入門。2014年に三代目「桂やまと」を襲名し真打昇進。得意の人情噺を主軸に古典落語の研鑽を深めるほか、未来の落語ファンづくりのため子ども向け落語教室もライフワークとする。落語以外の表現にも意欲的に取り組み、「セロ弾きのゴーシュ」「日の名残り」などの朗読劇やミュージカルに出演するなど活動範囲は多岐にわたる。映画出演は本作が初めて。
黒河内りく(田代奈緒役)
演劇部の高校生・演出家の卵
1999年生まれ。2019年、映画『エッシャー通りの赤いポスト』(監督・園子温)で700人の中から抜擢されヒロイン・咲切子役でデビュー。他の出演作に配信映画『緊急事態宣言 第2話 孤独な19時』(監督・園子温/20)、映画『きまじめ楽隊とぼんやり戦争』(監督・池田暁/22)、『イチケイのカラス』(監督・田中亮/23)、『私刑人〜正義の証明』(TBS/20)、配信オリジナルドラマ『ヤコ、ショウがクセになる。』(23)、ディズニープラス『シコふんじゃった!』などがある。
小林且弥(村上ショーン務役)
イタリアンのシェフ
1981年生まれ。2002年から俳優として活動を開始し、映画『凶悪』(監督・白石和彌/13)、『あゝ、荒野』(監督・岸善幸/17)、『広告会社、男子寮のおかずくん 劇場版』(監督・三原光尋/19)など数々の作品に出演。21年、映像プロジェクト〈STUDIO NAYURA〉を設立。映画『無情の世界』(監督・佐向大、山岸謙太郎、小村昌士/23)では企画・プロデュースを、『水平線』(24年公開予定)では初監督を務めた。
赤間麻里子(坂下美野里役)
中野ふみえの姪
1970年生まれ。ニューヨークなど海外でダンスを学び、帰国後は98年まで無名塾に在籍。2012年『わが母の記』(監督・原田眞人)で映画初出演し主人公の妻を演じた。以降原田眞人監督作品の常連となり、その他にも映画『無頼』(監督・井筒和幸/20)、『騙し絵の牙』(監督・吉田大八/20)、『流浪の月』(監督・李相日/22)、『オレンジ・ランプ』(監督・三原光尋/23)やCMなど幅広く活躍し存在感を示している。
宮坂ひろし(坂下豪志役)
ふみえの姪・坂下美野里の夫
1963年生まれ。88年、映画『敦煌』(監督・佐藤純彌)でデビュー。その後も映画『夢』(監督・黒澤明/90)、『マルタイの女』(監督・伊丹十三/97)などに出演し、99年「ウルトラマンナイス」(MBS)では主人公・夢星銀河を演じた。周防正行監督作品の常連で、映画『シコふんじゃった。』(91)に続き、配信ドラマ「シコふんじゃった!」(ディズニープラス/23)にも出演。俳優業の他にもMC、音楽家としてマルチに活躍する。

Staff

三原光尋
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監督・脚本
エディ藩
エンディングテーマ
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鈴木周一郎
撮影
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志村昭裕
照明
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郡弘道
録音
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村上雅樹
編集
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赤松陽構造
タイトルデザイン
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三原光尋(監督・脚本)
1964年京都生まれ。大阪芸術大学在学中より、8mm、16mmの自主制作をはじめる。ユーモア溢れるコメディ映画や瑞々しい青春映画を発表し、大森一樹監督に次ぐ関西を代表する自主映画作家として注目を浴びる。91年大阪市の若手芸術家を奨励する“さくやこの花賞”受賞。『風の王国』(93)では第8回福岡アジア映画祭グランプリを受賞。98年『ヒロイン!』で商業映画デビュー。2005年『村の写真集』で、第8回上海国際映画祭・最優秀作品賞、最優秀主演男優賞(藤⻯也)をW受賞。現在は大阪芸術大学映像学科、短期大学メディア芸術学科にて特任教授を務める。主な作品に『SLAP HAPPY』(99)<おおさかフィルムフェスティバル新人監督賞/プサン国際映画祭招待作品/マンハイム国際映画祭招待作品>、『燃えよピンポン』(99)、 『ドッジGO!GO!』(2002)、『歌謡曲だよ、人生は〜女のみち』(07)、『しあわせのかおり』(08) 『あしたになれば。』(15)、『広告会社、男子寮のおかずくん 劇場版』(19) 、『オレンジ・ランプ』(22)などがある。コメディから人と人との絆を丁寧に描く人間ドラマまでその作風は幅広い。
エディ藩
(エンディングテーマ)
1947年横浜生まれ。伝説のロックバンド<ザ・ゴールデン・カップス>のリードギター、ボーカルとして活躍。以後、日本屈指のギタリスト、シンガーとして数々のミュージシャンからリスペクトされている。今も旺盛にライブハウスでの演奏活動を続けている。松田優作や原田芳雄等数多くの俳優、ミュージシャンにカバーされた横浜を代表するスタンダード・ナンバーの「横浜ホンキートンク・ブルース」は、自ら作曲し藤竜也が詞を提供。以来、長きにわたりふたりの親交はあつく、本作では、新録音による「9 O’Clock」のギター演奏によるエンディング曲で花を添えた。
鈴木周一郎(撮影)
1977年生まれ。東京都出身。佐々木原保志氏に師事。『おしん』(監督・冨樫森/13)で撮影技師デビュー。近年は、三原光尋監督の良き理解者として、映画、TVなど多数の作品を支えている。三原監督作品の『あしたになれば。』(15)、『広告会社、男子寮のおかずくん劇場版』(19)、『オレンジ・ランプ』(23)などを担当。ほかに『セブンティーン、北杜 夏』(監督•冨樫森/17)、FOD/Netflix「夫のちんぽが入らない」(監督•タナダユキ/19)、WOWOW「ペンション・メッツア」 (監督・松本佳奈/21)など多彩な監督に請われる新進気鋭のキャメラマン。
志村昭裕(照明)
1978年生まれ。東京都出身。金沢正夫氏に師事。話題作の照明を数々担当。『銃』(監督・武正晴/18)で、日本映画テレビ照明協会 第50回優秀新人賞を受賞し、以後、続々と話題作の照明を担当。三原監督作品では、『広告会社、男子寮のおかずくん 劇場版』(19)がある。そのほかに『サイモン&タダタカシ』(監督・小田学/18)、『事故物件 怖い間取り』(監督・中田秀夫/20)、『明日の食卓』(監督・瀬々敬久/21)、『シャイロックの子供たち』(監督・本木克英/23)などがある。
郡弘道(録音)
1954年生まれ。長崎県出身。『がんばっていきまっしょい』(監督・磯村一路/98)で毎日映画コンクール録音賞、『スウィングガールズ』(監督・矢口史靖/04)で日本アカデミー賞最優秀録音賞、『沈まぬ太陽』(監督・若松節朗/09)で同優秀録音賞を受賞。三原光尋監督の『ドッジGO!GO!』(02)、『歌謡曲だよ、人生は〜女のみち』(07)の録音を担当。ほかに周防正行監督の『終の信託』(12)、『舞妓はレディ』(14)、『カツベン』(19)、矢口史靖監督の『ウォーターボーイズ』(01)、『ハッピーフライト』(08)、『ダンスウィズミー』(19)など。ほかに『世界から猫が消えたなら』(監督・永井聡/16)、『春画先生』(監督・塩田明彦/23)などを手がけている。
村上雅樹(編集)
1976年生まれ。広島県三原市出身。宮島竜治氏に師事し、音楽映画『ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム』(監督・サンマーメン/04)や矢口史靖監督作品の編集助手として研鑽を積む。『不滅の男 エンケン対日本武道館』(監督・遠藤賢司/05)で、編集技師デビュー。助手時代から、三原光尋監督との親交も深く本作の企画段階から協力。広島弁の方言指導としても作品を支えた。ほかの編集担当作品に『歌謡曲だよ、人生は〜乙女のワルツ』(監督・宮島竜治/07)、『影踏み』(監督・篠原哲雄/19)、『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(監督・豊島圭介/20)など枚挙にいとまがない。
赤松陽構造(タイトルデザイン)
1948年生まれ。東京都出身。69年より映画タイトルデザインの仕事を始める。これまで『ゆきゆきて、神軍』(監督・原一男/87)、『Shall we ダンス?』( 監督・周防正行/96)、『HANA-BI』(監督・北野たけし/97)など、400本以上の作品を手掛ける日本映画界を代表するタイトルデザイナーである。またNHK大河ドラマ「八重の桜」(13)の題字なども手掛け幅広いジャンルで活躍。2014年には、国立映画アーカイブでデザイン展「映画タイトルデザインの世界」が開催され、ますますその業績に注目が集まる。第66回毎日映画コンクール特別賞、第40回日本アカデミー賞協会特別賞を受賞。本作冒頭のアルタミラピクチャーズの配給マークも氏が手がけた。

Production Note

藤竜也主演でもう一本撮りたい
最高のメンバーで臨んだ三原監督渾身の最新作
『高野豆腐店の春』は、三原光尋監督によるオリジナルストーリー。三原監督と主演の藤竜也は、『村の写真集』('05)、『しあわせのかおり』('08)に続く三度目のタッグとなる。

三原は、『しあわせのかおり』以後、いつかまた藤と一緒に映画を作りたいとその機会を熱望していた。そんな折、かつて『村の写真集』で助監督をつとめた小林聖太郎が、倍賞千恵子と藤竜也共演の映画『初恋~お父さん、チビがいなくなりました』('19)を撮った縁で、三原と藤竜也は再会する。「食事の席に僕も呼んでいただいて、その帰り際、藤さんが『三原さん、もう一本映画やりましょうよ』って言ってくださった。ほんとうに嬉しくて、勇気をもらいました」。

しかし、その直後、世界はコロナ禍に見舞われた。多くのクリエイターが将来に不安を抱えていた時期に三原も同様に「もう映画は撮れないんじゃないか……」と不安を感じていた。苦境に陥りながらも映画をまた撮ることができるのであれば、「藤竜也主演でもう一度撮りたい」という願いを、シナリオ執筆にぶつけた。題材は、当時興味を持っていた“豆腐”を選んだ。そして、完成したシナリオを藤竜也に届けた。そのわずか2日後、三原のもとに速達が届く。藤竜也からだった。「速達で届いたその手紙には、脚本の感想が丁寧に書かれていました。そして『しっかりつとめます』と」。一発快諾であった。

最高のメンバーで藤竜也主演作を撮ろうと三原監督ゆかりのスタッフ、キャストが集い『高野豆腐店の春』は動き始めた。

三原監督が選んだロケ地は
言わずと知れた映画の聖地・尾道
2021年の5月、三原監督はロケ地探しを始める。辰雄と春が暮らす街をどこにするのか、目指したのは、瀬戸内。最終的に辿り着いたのは、尾道だった。尾道は、戦後日本映画を代表する名作『東京物語』(監督・小津安二郎/1953)、『裸の島』(監督・新藤兼人/1960)のロケ地でもあり、三原監督にとっても一度は撮影してみたい憧れの街だった。かくして『高野豆腐店の春』の舞台は、尾道に決定した。さらに、尾道のどこで撮影をするのかロケハンに移るが、ロケハンには藤竜也も同行している。それは藤の役づくりのひとつでもあった。『村の写真集』の折は、撮影前に単身で徳島へ行き、撮影地で家を間借りし、数日間実際にその地に住んだ。

今回は、三原監督らスタッフと一緒にロケハンに同行することで、尾道で暮らす辰雄の日常をつかんでいった。「とても贅沢なロケハンだった」と三原監督は振り返る。「通常のロケハンは、助監督がスタンドインしてカメラマンと場所を決めていきますが、今回は藤さん本人が一緒。藤さん自らカメラの前に『立ちましょうか?』って言ってくださって。本当に贅沢なロケハンでした」。

藤竜也×三原監督の職人三部作
写真家、料理人、そして豆腐屋の店主
なぜ、辰雄は豆腐屋なのか。三原監督自身がもともと豆腐好きであることも理由のひとつではあるが、身近な豆腐職人の姿勢に惹かれたことがきっかけだったという。「近所のスーパーの向かいに、昔ながらの豆腐屋があるんです。おじいちゃんとおばあちゃんが、毎朝5時頃から豆腐を作っていて。

ある日、撮影に向かう途中で豆腐を作っている姿を目にしたとき、ふと、この人たちは豆腐を愛していているんだろうなぁと思った。豆腐は、水と大豆とにがり、そして職人の腕で作られる。限られた素材で勝負しているのは、とても格好よくて。そこに生き方の美意識を感じました。彼らが豆腐を作る姿と、自分が映画を作る姿が重なって、藤竜也さんの演じる豆腐職人の姿が自然と浮かんできた。そこからストーリーが見えてきました」と三原監督は語る。『村の写真集』では頑固一徹な写真屋、『しあわせのかおり』では年老いた中国出身の名料理人、今回は小さな豆腐屋の店主が主人公。藤竜也×三原監督、職人三部作とも言える記念すべき作品となった。この映画は、高野豆腐店の朝、豆腐作りのシーンから始まる。「ドキュメンタリーのように、豆腐作りをしっかりと映し出したかった」と、丁寧に豆腐作りの過程をカメラが追う。工場で始まり工場で終わることにもこだわった。

ラストシーンは、監督をはじめスタッフももらい泣きする、この映画を象徴するシーンになっている。高野豆腐店の店先と工場は、40年の歴史ある街の豆腐店を借りて撮影された。クランクイン前には三原監督自ら作った豆腐をキャスト&スタッフに振る舞う熱の入れようだった。
 
三原監督から藤竜也へのラブレター
 
「映画好きだったひとりの青年が映画監督を志して、藤竜也さん主演で『村の写真集』を作るチャンスを手にしました。その時、映画監督としてやっていく覚悟を心に刻みつけることができました。映画づくりの面白さと背負うべきことを、藤さんから教わりました。僕にとって藤竜也さんは、昔も今も、映画の父のようなとても大きな柱のような存在です。」

取材・文:新谷里映

Message

三原光尋監督とアルタミラピクチャーズとの出会い
アルタミラピクチャーズ
プロデユーサー 桝井省志
『高野豆腐店の春』は、まさにコロナ禍の只中で立ち上がった企画でした。 映画人はこの状況下でこれから映画が作れるのだろうか。 誰もがそんな不安を抱えた時期でした。 この先の見えない暗中模索の中で、三原監督はこの心の温まる物語を着想し、 その思いの丈をこの脚本にしたためたのです。 そして書き上げるや否や、迷うことなく藤竜也さんに直接送り届けたのでした。 すると、すぐさま藤さんから心の籠もった返事が帰ってきたのです。 まさか出演を快諾していただけるとは、一番驚いたのが三原監督のようでした。 そんな経緯を三原監督から聞かされ、私たちアルタミラピクチャーズのプロデユーサーの面々は、すぐさまこの作品に参加することを決めたのです。 そして三原組の心強い仲間たち、編集の村上雅樹さん、キャメラマンの鈴木周一郎さん、照明の志村昭裕さん、助監督の金子功さん、小村孝裕さん、スタイリストの山﨑忍さん等が次々に参加を表明してくれました。 「おとなの自主映画を作ろう!」 これがわたしたちの合言葉となりました。 予算は無いが、志の高い日本映画を作ろう!  時代遅れの映画人たちの時代錯誤のチャレンジとなったのです。  そして満を持し、クランクイン! 三原監督との出会いをお話ししましょう。 かれこれ20年以上も前になります。大阪の守口文化センターで開かれた「おおさかシネマフェスティバル」でご一緒したのが初対面だったと思います。『Shall we ダンス?』で作品賞や各賞を頂き出席した授賞式に、『SLAP HAPPY』で新人賞を受賞した三原監督も同席されていたのです。授賞式が開かれる前、ちょうど三原監督の最新作『燃えよピンポン』の特別試写会がありました。三原作品を見る偶然の機会を得たわけですが、それが何とも思いのほか、卓越したギャグのセンスと伸び伸びとした自主映画魂に圧倒されぱっなしでした。すっかり三原ワールドにのめり込んでしまいました。 その後、親交を深め、私は三原オフィスを訪ねることになりました。何とその場所は、失礼ながら自主映画出身の監督としては似つかわしくない、大阪梅田の一等地、オフィスビルの一角に個人オフィスを構えていたのですから、恐るべし! いったい、どんな金持ちのぼんぼんなんや? と、思いきや、三原監督に案内されるまま、4Fでエレベーターを降りると、そこはいきなりちんどん屋の倉庫なのでした。山積みになったちんどん屋の楽器をかき分けやっと奥に入ると、そこにはまさしく、三原監督の作業場、フィルム缶が散乱した編集室があったのです。要はちんどん屋さんの倉庫?に間借りしていたんですね。この時、わたしは三原映画の原点に少しだけ触れた気がしました。 そして、『燃えよピンポン』の感動も冷めやらぬまま、私は無謀にも本気で三原監督に東京進出を勧めたのでした。 その後、アミューズで辣腕を奮った森重晃プロデューサーの力添えがあり、 『ドッジGO! GO!』でやっと念願の三原監督と一緒に仕事をすることになったのです。この作品がきっかけで三原監督から編集技師の宮島竜治さんを紹介していただきましたが、その後、宮島さんはアルタミラ作品では欠かせない人となります。 オムニバス映画『歌謡曲だよ人生は』で、ぴんからトリオの大ヒット曲「女のみち」を宮史郎さん主演で監督したのも三原監督です。 しかし、その後、一緒に数多くの企画を立ち上げるも毎度実現には至らないまま、一方、三原監督は自ら道を切り開き、たくましく映画を作り続けてきたのです。この日本映画界の荒波を一人の映画作家が孤軍奮闘して映画愛を貫く姿はお見事としか言えません。 そして長い道のりでしたが、遂に、久しぶりの、三原光尋監督、アルタミラピクチャーズ作品『高野豆腐店の春』が完成したのです。 監督、スタッフ、キャストの思いと情熱が、いっぱい詰まった作品に仕上がりました。 観客のみなさんに少しでも楽しんでいただければ幸いです。