Introduction
主演は、名優・藤竜也。81歳を迎える2023年はデビュー60周年でもあり、三原光尋監督とは三度目のタッグとなる。『村の写真集』('05)では頑固一徹な写真屋を、『しあわせのかおり』('08)では年老いた中国出身の名料理人を演じる。今回、三原監督のシナリオに惚れ込んだ藤は出演を熱望し、藤竜也×三原監督の職人三部作の完結作ともいえる作品となる。
春役は、麻生久美子。『カンゾー先生』(’98)、『夕凪の街 桜の国』(’07)などで、日本映画の代表的女優となった麻生久美子が好演。藤竜也とは実に26年ぶりの共演となる。また、辰雄と偶然の出会いを経て心を通わせる婦人・ふみえ役に『終の信託』(‘12)、『舞妓はレディ』(‘14)などで印象的な女性を演じたベテラン・中村久美。さらに辰雄の気の知れた仲間たちに徳井優・菅原大吉・山田雅人・竹内都子など、個性豊かなベテラン勢が顔を揃える。 親と娘のそれぞれの新たな出会いが、尾道の春風とともに、胸いっぱいのやさしさと、あたたかい涙を運んでくる。
Story
ある日、もともと患っている心臓の具合が良くないことを医師に告げられた辰雄は、出戻りの一人娘・春のことを心配して、昔ながらの仲間たち──理髪店の繁(徳井優)、定食屋の一歩(菅原大吉)、タクシー運転手の健介(山田雅人)、英語講師の寛太(日向丈)に協力してもらい、春の再婚相手を探すため、本人には内緒でお見合い作戦を企てる。辰雄たちが選んだイタリアンシェフ(小林且弥)と食事をすることになり、作戦は成功したようにみえたが、実は、春には交際している人がすでにいた。相手は、高野豆腐店の納品先、駅ナカのスーパーで働く道夫(桂やまと)だった。納得のいかない辰雄は春と口論になり、春は家を出ていってしまう。
そんななか、とある偶然が重なり言葉をかわすようになった、スーパーの清掃員として働くふみえ(中村久美)が、高野豆腐店を訪ねてくる。豆腐を作る日々のなか訪れた、父と娘それぞれにとっての新しい出会いの先にあるものは──。CAST
理髪店店主
定食屋の主人
タクシー運転手
英語学校の講師
・演出家の卵
・坂下美野里の夫
Staff
Production Note
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藤竜也主演でもう一本撮りたい
最高のメンバーで臨んだ三原監督渾身の最新作 -
『高野豆腐店の春』は、三原光尋監督によるオリジナルストーリー。三原監督と主演の藤竜也は、『村の写真集』('05)、『しあわせのかおり』('08)に続く三度目のタッグとなる。
三原は、『しあわせのかおり』以後、いつかまた藤と一緒に映画を作りたいとその機会を熱望していた。そんな折、かつて『村の写真集』で助監督をつとめた小林聖太郎が、倍賞千恵子と藤竜也共演の映画『初恋~お父さん、チビがいなくなりました』('19)を撮った縁で、三原と藤竜也は再会する。「食事の席に僕も呼んでいただいて、その帰り際、藤さんが『三原さん、もう一本映画やりましょうよ』って言ってくださった。ほんとうに嬉しくて、勇気をもらいました」。
しかし、その直後、世界はコロナ禍に見舞われた。多くのクリエイターが将来に不安を抱えていた時期に三原も同様に「もう映画は撮れないんじゃないか……」と不安を感じていた。苦境に陥りながらも映画をまた撮ることができるのであれば、「藤竜也主演でもう一度撮りたい」という願いを、シナリオ執筆にぶつけた。題材は、当時興味を持っていた“豆腐”を選んだ。そして、完成したシナリオを藤竜也に届けた。そのわずか2日後、三原のもとに速達が届く。藤竜也からだった。「速達で届いたその手紙には、脚本の感想が丁寧に書かれていました。そして『しっかりつとめます』と」。一発快諾であった。最高のメンバーで藤竜也主演作を撮ろうと三原監督ゆかりのスタッフ、キャストが集い『高野豆腐店の春』は動き始めた。
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三原監督が選んだロケ地は
言わずと知れた映画の聖地・尾道 -
2021年の5月、三原監督はロケ地探しを始める。辰雄と春が暮らす街をどこにするのか、目指したのは、瀬戸内。最終的に辿り着いたのは、尾道だった。尾道は、戦後日本映画を代表する名作『東京物語』(監督・小津安二郎/1953)、『裸の島』(監督・新藤兼人/1960)のロケ地でもあり、三原監督にとっても一度は撮影してみたい憧れの街だった。かくして『高野豆腐店の春』の舞台は、尾道に決定した。さらに、尾道のどこで撮影をするのかロケハンに移るが、ロケハンには藤竜也も同行している。それは藤の役づくりのひとつでもあった。『村の写真集』の折は、撮影前に単身で徳島へ行き、撮影地で家を間借りし、数日間実際にその地に住んだ。
今回は、三原監督らスタッフと一緒にロケハンに同行することで、尾道で暮らす辰雄の日常をつかんでいった。「とても贅沢なロケハンだった」と三原監督は振り返る。「通常のロケハンは、助監督がスタンドインしてカメラマンと場所を決めていきますが、今回は藤さん本人が一緒。藤さん自らカメラの前に『立ちましょうか?』って言ってくださって。本当に贅沢なロケハンでした」。
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藤竜也×三原監督の職人三部作
写真家、料理人、そして豆腐屋の店主 -
なぜ、辰雄は豆腐屋なのか。三原監督自身がもともと豆腐好きであることも理由のひとつではあるが、身近な豆腐職人の姿勢に惹かれたことがきっかけだったという。「近所のスーパーの向かいに、昔ながらの豆腐屋があるんです。おじいちゃんとおばあちゃんが、毎朝5時頃から豆腐を作っていて。
ある日、撮影に向かう途中で豆腐を作っている姿を目にしたとき、ふと、この人たちは豆腐を愛していているんだろうなぁと思った。豆腐は、水と大豆とにがり、そして職人の腕で作られる。限られた素材で勝負しているのは、とても格好よくて。そこに生き方の美意識を感じました。彼らが豆腐を作る姿と、自分が映画を作る姿が重なって、藤竜也さんの演じる豆腐職人の姿が自然と浮かんできた。そこからストーリーが見えてきました」と三原監督は語る。『村の写真集』では頑固一徹な写真屋、『しあわせのかおり』では年老いた中国出身の名料理人、今回は小さな豆腐屋の店主が主人公。藤竜也×三原監督、職人三部作とも言える記念すべき作品となった。この映画は、高野豆腐店の朝、豆腐作りのシーンから始まる。「ドキュメンタリーのように、豆腐作りをしっかりと映し出したかった」と、丁寧に豆腐作りの過程をカメラが追う。工場で始まり工場で終わることにもこだわった。
ラストシーンは、監督をはじめスタッフももらい泣きする、この映画を象徴するシーンになっている。高野豆腐店の店先と工場は、40年の歴史ある街の豆腐店を借りて撮影された。クランクイン前には三原監督自ら作った豆腐をキャスト&スタッフに振る舞う熱の入れようだった。
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三原監督から藤竜也へのラブレター
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「映画好きだったひとりの青年が映画監督を志して、藤竜也さん主演で『村の写真集』を作るチャンスを手にしました。その時、映画監督としてやっていく覚悟を心に刻みつけることができました。映画づくりの面白さと背負うべきことを、藤さんから教わりました。僕にとって藤竜也さんは、昔も今も、映画の父のようなとても大きな柱のような存在です。」
取材・文:新谷里映
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プロデユーサー 桝井省志